ジングルベルは、もう鳴らない
「なぁ、俺の話はどうなった? 小笠原と何もなかったことは、分かっただろう? なら誤解は解けたんだから」
「いや、だからね。そもそもが、私はあなたに嘘をつかれていたことが許せなかった。小笠原さんと過ちがあったかどうかが問題ではないの。それにね、もう戻るつもりはないよ。だって私、今幸せだから」


 樹里の脇で、朱莉が満面の笑みを浮かべる。そして大樹もその脇で、鼻息を荒くして何度も頷いた。樹里は思わず苦笑したが、まぁそういうことだ。斎藤も、ニコニコと笑っていてくれる。あぁ、やっぱり幸せだ。


「さて、帰るわ。樹里、今度どこかで会ったらさぁ、お茶くらいしようよ」
「そうだね。気を付けて。またね」
「さ、千裕も帰るわよ」
「え、いや。俺まだ話が」
「終わったでしょうよ。今、完全にフラれたじゃない。アンタ。しつこい男は嫌われるわよ」


 そう言って香澄は、千裕の頭をペシッと叩いた。「樹里、今までごめんね」と頭を下げたのは驚きだ。それから朱莉へも、ありがとうね、と微笑んだ。色々吹っ切れたようにスッキリした彼女は、千裕を引き摺り連れて行く。思い切ったことをした割に、彼は情けない顔をして消えて行った。


 その場に静寂が戻り、わざとらしく大きく息を吐いて、三人の方へ居直ると、深く深く頭を下げた。


「さて、皆さま。いろいろとすみませんでした。でも、ありがとう。本当にありがとう」


 誰にも見られたくないような、プライベートな小競り合いだった。こんな年になってまでやることではないが、結果的に全て終わったのだ。心は晴れ晴れとしている。 香澄はもう、誰かを邪魔することはしないと思う。千裕がどうなるかは分からないけれど、それは知ったこっちゃない。でも彼は、誰かに甘えながら生きていくだろう。そういうのは上手い男だ。
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