ジングルベルは、もう鳴らない
「あ、お腹空かないですか」
「ん? あぁそうだよね。そんな時間だね。何だか色んなことあって、忘れてたよ」
「斎藤さん。ちょっと待っててください」


 曲がらなきゃいけない交差点で彼を待たせ、樹里は少し先のコンビニへ駆けた。本当は、そこまでお腹は空いていない。ただ、何でもいいからお礼がしたかった。楽しい時間に、匂いの記憶を付けたかったのかも知れない。いつも寄るコンビニ。温かいお茶を二つ取って、すぐにレジに並ぶ。それから迷いなく、あんまんと肉まんを一つずつ買った。ノロノロと準備をするやる気のない店員がじれったい。会計を済ませ、それを両手に抱えると、「ありがとう、ございやっした」といつものように見送られる。それがちょっとだけ、今日は弾んで聞こえた。


「斎藤さん、斎藤さん」
「慌てないで、慌てないで。そんなにお腹空いてた? 帰って、何か作ってあげれば良かったね」
「いや、いいんです。あの……お礼です。どっちがいいですか。あんまんと肉まん」
「えぇ、いいの? じゃあお言葉に甘えて。あんまん、もらおうかな」


 斎藤は素直に受け取ってくれた。お茶は彼のコートのポケットに捻じ込んで、樹里は肉まんの袋を開ける。美味しそうな湯気が、ふわぁっと上った。斎藤も並んで、同じように匂いを感じている。それから樹里に目をやって、ありがとうね、と微笑んだ。


「何か久しぶりです。こういう風に食べながら歩くの」
「あぁ言われてみれば、僕もそうかな。いつもはバイクだから。食べ歩きってしないんだよね」
「そっか。バイクに乗るんでしたね」
「うん。あぁ……こん」
「斎藤さんは、お車には乗らないんですか」
「あ、あぁ。うん。最近、車には乗ってないなぁ。近場しか行かないからかも知れないけど」


 ヒロミとは、バイクでデートに出掛けるんだろうか。あまり話を広げないようにしよう。自己防衛が過ぎるだろうが、今はまだ大きなダメージを受けたくない。仕事で関わっていく以上は、それが終わるまでは避けていたいと思った。

 中華まんを齧りながら、並んで歩く。半分こしたら良かったかな。そんなことを考えながら、斎藤の整えられた顎髭を見た。あのコンビニから、家まではすぐ。あと少し、あと少しでいい。この時間が続いたらいいのに。
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