ジングルベルは、もう鳴らない

第47話 ドキドキしている

 楽しい時間は、あっという間に終わりを告げる。おやすみなさい、と会釈してドアを閉めた樹里は、その場でしゃがみ込んだ。両手で顔を隠し、どうしよう、と呟く。ドキドキしているのだ。あれほど不毛な恋はしないと決めたというのに。仕事で関わっている間は、封印しようと決めたはずなのに。この一時間弱が本当に楽しくて、終わって欲しくなかった。もうこの想いを広げてはいけない。リビングに鞄を放って、ソファに突っ伏した。


「彼女がいるんだから、何も思わないよなぁ……」


 泣いてしまいそうな、微かな声だった。ドキドキする胸と、パンクしそうな頭。もうどんな感情なのか分からなくなってしまった。あぁこのままじゃダメだ。シャンとしよう。そう、明日のことでも考えて、忘れてしまおう。コートを脱ぎ、髪をゴムでクルッと一纏めに結って、コンタクトを外す。それから流れるようにクローゼットを開けて、部屋着に着替えた。

 明日は何を着て行こう。代り映えのないそこを見つめながら、服をアレコレ手に取るが、どれもピンとは来ない。鞄から携帯を取り出して、朱莉に連絡を入れる。『明日って、ドレスコードとかあるよね?』と。アフタヌーンティーもホテルだから、それなりの服装で行かねばならない。あぁでも、夜は焼肉だった。はて、何が一番いいのか。樹里は真剣に、洋服たちと睨めっこを始める。


「白のブラウスとかニット類は避けたいよなぁ。そうなると、黒のワンピースあたりが無難か」


 独り言を零すと、ちょうど携帯が鳴った。朱莉は何を着て行くんだろう。少し落ち着いてきた胸にホッとして、はいはい、と画面に目をやる。そして、樹里は息を飲んで、目を見開いた。予想と違うメッセージが表示されていたのだ。


『松村さん、今から時間ありますか』


 それは斎藤からのメッセージだった。今さっき別れた彼。隣の部屋にいる彼である。あの時以来初めて、プライベートの携帯が鳴った。折角静かに鳴り始めた胸がぶり返して、ドキドキ、ドキドキと大きな音になる。胸に手を当てて、大きくゆっくり息を吐く。『はい』とたった二文字を打つ指が、大きく震えた。
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