ジングルベルは、もう鳴らない
「こんばんは」
「あれ、松村さん。こんばんは、いらっしゃい。今日は、どうしたの」
「あぁ、すみません。朱莉が、どうしても斎藤さんのカレーを食べたいってきかなくて」
「へへへ。こんばんは。一昨日はご協力いただいて、ありがとうございました」


 樹里の後ろから顔を出した朱莉。調子がいいんだから、とヤキモキしても、結局は可愛い後輩だ。それに、彼女はこの恋の全てを知っている。冷やかしに来たわけではないだろうし、おかしな方向に進めようとすることもないだろう。それだけは信用している。


「いらっしゃい。朱莉ちゃんは、カレーでいい? 松村さんはどうする? 材料があれば、なんでもいいよ。メニューに載ってなくても」
「あ、えっと……お土産です」


 注文を聞かれたのに、おずおずと饅頭を差し出した。「箱根に行ったんだ。ありがとう」と受け取ってくれた斎藤。ニヤニヤしている朱莉を一瞬睨んで、カレーを二つお願いします、と告げた。


「はい。じゃあ、ちょっと待っててね」


 爽やかに去って行く斎藤を目で追っていた。朱莉のことは、『朱莉ちゃん』と呼ぶんだ。そんな女々しいことが引っ掛かっている。一昨日の流れもあるし、そもそも斎藤は彼女の名字を知らない。仕方ない、仕方ないのに、ほんのちょっと羨ましかった。


「落ち着いて見たらさ、そんなにおじさんって感じじゃないね」
「こら、そんなこと言わないで」
「ごめん、ごめん。でも、あの元カレよりずっと似合ってると思うよ」
「あぁいや、ほら。ね、これは一方通行だから」
「あぁそうだった」


 店内には男の人が一人。今日はクリスマスだ。喫茶店でのんびりする人も少ないのだろう。今更メニューを覗いた朱莉は、ナポリタンも美味しそう、と目を輝かせる。彼女のこういう少女のようなところは、いつ見ても可愛らしいと思った。
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