ジングルベルは、もう鳴らない
「はい、どうぞ。おじさんと二人でごめんねぇ。折角の誕生日に」
「いえいえ、嬉しいですよ。誕生日だからって、何をするわけでもなかったですから。それに、ちょっと忘れてました。今度、お母さんにもお礼言わないといけないですね」
「いいよ、いいよ。そうしたら、来年はここにホールケーキが二つ並ぶことになるよ。きっと」


 その情景は簡単に想像できて、笑ってしまう。「だから、やめよう。やめよう」と顔を歪めた斎藤は、カウンターから出ると樹里の脇を抜けて、徐に外へ出て行った。誰もいない店内を見渡し、ちょっとニマニマしている。祝われることはない予定だった、今年の誕生日。斎藤と互いに「おめでとう」と言い合うのだな。妙な感覚を覚えながら、樹里はまたケーキに視線を落とした。するとキィッと扉が開き、ガタガタと音を立てながら斎藤が戻って来る。運んで来たのは、外看板。今日はもうお終い、と言いながら。


「折角、二人で誕生日会するんだから、邪魔されたくないもんね」
「そ、そうですね」


 ここまで仕事で閉じ込めていた気持ちが、一気に噴き出してしまいそうだった。必死に閉めた蓋が、簡単に開いてしまいそうになる。ドキンと大きな音が鳴り、バクバクと心臓が煩い。それにしても、ヒロミと祝わないのだろうか。片隅でそう気にしたが、カチャンと鍵がかかると樹里は胸を撫で下ろした。

 これから、二人だけの誕生日会が始まる。コーヒーで乾杯をして、おめでとう、と言い合って。それから一口食べたイチゴのケーキ。甘い甘い、幸せの味がする。
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