ジングルベルは、もう鳴らない
「痩せて。メイクもちゃんと覚えて、勿論仕事だって頑張った。それでも、いつも恋は私からなんです。冷やかしで声を掛けて来る男はいましたけど、そんなの本気じゃないですもんね。でも、彼は違った。紳士的に誘ってくれた。私をちゃんと見てくれる人がいるって」
「嬉しかったんだね」
「うん。本当に、本当に嬉しかったのに……あれだよ?」
「あれねぇ。どうしてあんなことになった……ごめん。無神経な質問ね。忘れて」


 思わず言ってしまい、自分を恥じた。会社からも近く、あんなに聴衆が集まってしまう場所で、どうしてあんな喧嘩になったのか。確かにそう思った。いくら顔見知りとは言え、プライベートだ。無神経に聞いていい話ではない。あぁこれでは、さっきの野次馬たちと何も変わらないじゃないか。


「あぁ、いいんです。いいんです。寧ろ聞いてくださいよ」


 あっけらかんとそう言う朱莉の長い髪が揺れ、剥れた子供のような顔が見える。表情が豊かで、人を惹きつける力があるのが彼女だ。部署も違い、仕事で会うことはほぼない。サークルの時にしか会わない樹里にも、こうして壁を作らず、妹のように甘え、スッと懐に入る。羨ましい才能だった。


「待ち合わせ場所で外してたんですよ、指輪を。信じられないですよね。なので速攻で問い詰めました。すぐに聞かないと、はぐらかされちゃうから。そうしたら、アレ(・・)です」
アレ(・・)ね」
「そう。でね、子供がいるのか聞いたんです。そうしたら渋々答えたのが、まだお腹の中って。もう我慢できませんでした。だって今は、奥さんを労わって、寄り添う時間でしょう? 二人で親になる時間じゃないの」
「あぁ……そうだね。多分」


 朱莉の言うことに、たいして応じられない情けなさを感じる。友人が親になっていくのを遠巻きに眺めてはいたものの、出産のことをそれほど深く考えたことがなかった。子供が出来ると、一体どう思うのだろう。自分がどんどん変化してしまうことに不安を覚えるだろうか。きっと、嬉しくて、楽しいだけではないのだろう。

 香澄もそんな時期なのだろうか。
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