ジングルベルは、もう鳴らない
「松村さん。本当にありがとう。貴重な体験をさせてもらいました」
「いえ、こちらこそお世話になりました。この味をいろんな人に知って欲しいなって、斎藤さんのカレーを推したんです。私の身勝手な思いもあったと思います。快く引き受けてくださって、ありがとうございました」


 深々とお辞儀をすると、斎藤が微笑んでいた。何かいつもこうしてペコペコし合ってるよね、と。そういえば、そんなことが沢山あった。不安定な心を誤魔化すためにそうしたこともある。出会ってから、そんなことばかりだ。彼への気持ちは、仕事に忙殺されれば、薄れて消えるのだろうと思っていた。でも結局、今も樹里は


「ここでさ、お辞儀し合っても。僕たち同じマンションに帰るよ?」
「あぁ、本当だ」
「じゃあ、帰ろう。お腹空いてない? 何か作ろうか」
「えぇ……あ、でも。きっと先に、ブンタが散歩アピールしますよ?」
「そうだった……じゃあ、一緒に散歩に行きませんか」


 自然な流れだった。何もおかしなところなどなかった。行きます、と答えた樹里の声が上擦っただけだ。仕事も終わり、完全にプライベートで誘われた。そう勝手に心が跳ねたのだ。まるで少女のように。斎藤のことが好きだ。
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