ジングルベルは、もう鳴らない
「斎藤さんの彼女、いらっしゃるじゃないですか」
「え? は? 彼女……は、いないけど」
「三田のレストランでウェイトレスしてた、あの若い女の子ですよ。あの子が、ヒロミさんじゃないんですか」


 混乱し過ぎて、若干の怒りが入り混じっている。そんな風に言われても、斎藤は困るだけなのに。今、ちゃんと確認しなきゃ。樹里はどうしてか焦っている。


「若い女の子? あぁ姪っ子かな。暇だった二男の娘たちが、交互に手伝ってくれてたんだよね。そのどっちかかな」
「姪っ子……」
「姪っ子だね。姉妹のどっちかだと思うよ。あぁそうだ。松村さんが来てくれた時、確か宏海もいたな。飯食いに来てて。アイツは本当に、タイミングがいいのか、悪いのか」


 姪っ子? 姪っ子を彼女だと思い込み、一年近く悶々としていたというのか。パニックになりながらも、冷静にあの店に行った時のことを思い出す。席に案内された時から、幸せそうな若夫婦が店をやっていると思っていた。そして、キッチンから彼が呼んだヒロミ。それが向けられたのは、あの女の子ではなかった。その場にいた幼馴染を呼んだだけ。つまり、樹里は出だしから間違っていた。初めに間違った見方をしてしまったから、全てがその方向で繋がってしまったのだ。

 樹里は顔を両手で覆い、大きな溜息を吐きながらしゃがみ込んだ。


「どうした? え、え? 大丈夫?」


 心配そうな声が、樹里に掛けられる。ブンタも、覗き込むようにクゥンと鳴いた。自分の馬鹿さ加減に呆れ、そしてドッと疲れが出るくらいに安堵している。もう一度、大丈夫? と斎藤が声が聞こえた時、ポロっと樹里の本音が零れた。好きです、と。
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