ジングルベルは、もう鳴らない
「えっと……ご、ごめんなさい。あのお付き合いは」
「……ですよね。大丈夫です。忘れてください」
「あ、いや。だからそうじゃなくて」


 斎藤は、ポリポリと頬を掻いて口元を歪めた。「お付き合い……いや。あの」と言ってから、ふぅ、と大きく息を吐く。そんなに何度も、正式に断ってくれなくてもいいのに。急に解放され、羽ばたき始めた感情が、徐々に冷えて萎んでいく。


「結婚、して貰えますか」
「は……い?」


 結婚と言ったのか? フラれる方向でいじけ始めた頭が、今度は一気に破裂した。それから時差で、ボッと顔中が赤くなる。結婚ですか、と思わず問うてみたが、自分でも聞いたことのない声が出た。ガチガチの緊張した声だ。好きだだと伝えたのは樹里。でも、結婚がしたくて言ったわけではない。ヒロミと仕事を言い訳にして、押し込めていた乙女のような想い。それが堰を切って、彼に流れ着いただけのはずだった。これは、一体どういうことだ。また違う混乱が、樹里の中に沸き起こる。


「あぁぁ、えっと。僕の言った順番も良くなかったです。ちょっと一回忘れましょうか。深呼吸でも、します?」


 樹里だけじゃなく、斎藤も気が動転しているようだ。何度も額に手をやって、かいてもいない汗を拭おうとしている。一回忘れるとはなんだ、と思いつつも素直に深呼吸をし、樹里はおずおずと目を合わせた。その間で、ブンタは嬉しそうに尻尾を振っている。
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