ジングルベルは、もう鳴らない

エピローグ ジングルベルは、もう鳴らない

「メリークリスマス」


 ソファに並んで、シャンパンで乾杯をした。目を合わせると、互いに表情を緩ませる。先日引っ越したばかりの、ちょっとだけ大きな部屋。そこで、二人と一匹は静かに暮らしている。


「匡さん、これ美味しい」
「でしょ。好きだと思った」
「そう?」


 樹里は匡の好きそうな調味料を買い、匡は樹里の好きそうな料理を作る。いつの間にか、そんな風になった。幸せは結婚の隣にしかないわけじゃない。そう思っていたが、今は、結婚をしないと見えない幸せもある気がしている。それを教えてくれたのは、匡とブンタだった。


「これ新しいスパイス?」
「違うよ。配合を少し変えたんだ」
「へぇ。美味しい」
「そう? 良かった」


 ブンタは、ベッドで丸まっている。二人を繋いでくれたキューピッドは、沢山遊び、お腹一杯になって、むにゃむにゃと幸せそうだ。シンプルな部屋には、写真が沢山飾られている。樹里はこういうのは好きでないが、彼は思い出をいつも見ていたいらしい。ちょっとだけロマンチストな匡。良いことも、悪いことも、きちんと言葉にして心の内を伝えようとしてくれる。それは今、一番好きなところになった。お洒落なラックには、あのカレー。不似合いな革の特製フレームに入れられている。賞味期限が過ぎたとて、封は開かないまま。あの不細工な象が、今夜もそこで笑っている。

 二人だけの時間。スピーカーからは、あのジングルベルが流れた。


「樹里」
「ん、なぁに」


 彼がそっと樹里の髪に触れ、静かに唇が重なった。離れると寂しくて、コツンと肩にもたれ掛かる。部屋に響く、聞き慣れた陽気な声。でも、もう嫌なことは思い出さない。それは匡が、幸せな記憶に塗り替えてくれたから。言葉もなく目を合わせた二人は、また唇を重ねる。ジングルベルは、もう鳴らない。これからも、きっと。
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