ジングルベルは、もう鳴らない
「で、その女は何て」
「あ、うん。彼の子供ができたから、別れてくれって」
「子供ができた? 何か証拠見せられました?」
「エコー写真と彼が寝てる写真。多分、彼女の部屋でね」
「彼だけ?」
「そう、彼だけ」
「合成の可能性とかもあるんじゃないですか」


 そうなんだけど、と言い淀んだのは、自信がなかったからだ。千裕は、酒が弱いくせに飲みたがる。それで家に帰れず、分かっている同期は適当なホテルに置いて行く。どこだか分からない、と泣きつかれたこともあった。そういう過去があると、可能性はゼロではないのだろう。

 ただ、どれだけ酔っていても一線は越えない。そんな馬鹿なことは、決してしない。そう信じたかった。


「確か……エコー写真も、偽造されたりすることがあるらしいですよ」
「そうなの?」
「詳しくは知らないですけど、聞いたことがあって。だからと言って、もう一度確認するのは修羅場ですよね。あぁでも、このままでもダメかぁ」
「そうだよね。覚悟はしてるの。春には生まれるって言われると、先延ばしにも出来ないから」


 軽くそう言ってみたものの、本当に覚悟はあるのだろうか。まだそう言い切れずに、ウジウジした感情も持ち合わせている。そもそも覚悟があったのなら、すぐ千裕に会って問い質しただろう。でも、樹里にそれはできなかった。もう三十七歳。この恋を失くしたら、次のチャンスはあるのか。一人でも生きていけると腹も括れず、朱莉のように、結婚を望んでいないとも言えない。千裕を失くすことは、ただ不安でしかなかった。
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