ジングルベルは、もう鳴らない
『大丈夫だよ』
『心配してくれて、ありがとうね』
『今夜会えなかったから、早い方がいいなって』
『明日だと忙しい?』

勝負は今じゃない。明日だ。今、この段階で、怪しまれるわけにはいかない。

『大丈夫』
『じゃあ、昼過ぎ』
『いつもの公園で待ち合わせしようか』

 分かった、と返し、樹里は携帯バッグにスッと落とした。さっきよりも、視線が上がっている。朱莉に感化されたのだろうか。ほんの少しだけ、心の中に獲物を捕らえるような気持ちがあることに気付く。でもきっと、このくらいの気持ちでいい。

 マンションの入口を潜ると、犬の散歩に出て来た男性と出くわした。表情は多少強張っているかも知れないが、軽く会釈をしてやり過ごそう。どうせ知らない人だ。今日はもう、何も考えたくないのだ。ゆっくり風呂に入って、寝よう。そう思った時――ワン、と吠えた犬が急にじゃれるように、樹里へ前足を持ち上げた。思わず、キャア、と声が出る。犬の方をよく見てなかった。何かぶつかってしまったかもしれない。おずおずと犬を見たが、威嚇はされていないようだ。
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