ジングルベルは、もう鳴らない
「とにかく、千裕と別れて。お願いします」


 そう言って、今度は頭を下げるではないか。この子が頭を下げるなんて。樹里の正直な気持ちは、そう驚いている。このよく分からない状況。全く本質が見えない。どういうことなのか。

 彼女の言う『千裕』とは、付き合って六年になる樹里の彼氏――畑中(ハタナカ)千裕(チヒロ)のことだ。ジングルベルが好きなあの彼も、二人の同期である。転職後に付き合い始めたが、香澄はそれを知っているようだ。千裕が皆に話したのだろう。別にそれは構わないけれど、問題は香澄がどうしてこんなことを言うのかである。彼女は、そんなことに首を突っ込んで来るような関係でもなかろうに。意図が分からず、樹里はただ困惑していた。


「小笠原さんの意見は分かったけれど、どうしてそんなことを言われなければいけないの? チヒ……畑中くんが何かした?」
「何か……そう。樹里は何も知らないのね」
「は? だからどういう意味なのよ」


 彼女の言い方に、感情がピリッと尖った。千裕が何か愚痴を零したとしても、香澄がこんな風に言う資格などあるか。膝の上で丸めた拳に、グググっと力が入る。樹里と千裕の関係においては、香澄はただの他人だ。外部の人間じゃないか。とやかく言われる筋合いもない。呆れるような感情と怒りが、腹の底でグラグラと沸き立ち始めた。
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