ジングルベルは、もう鳴らない
「そう。樹里さぁ、指輪は、どういうのがいい? どこのが欲しいなとかさ、希望ってある?」
「指輪かぁ。うぅん、そうだなぁ」


 違う方向へ苛つき始めたら、今日の重大なミッションを見失うところだった。彼が自分で戻って来たことで、樹里は今一度スイッチを入れ直す。あんなにさっき目を泳がせたんだ。きっと、ボロはもっと出る。


「千裕、いいこと思い付いた」
「なに?」
「このネックレス買ってくれたところで買おうよ。これを先月買ったんですけど、今度は指輪を買いに来ましたって。どう?」


 千裕はきっと嫌がる。樹里は薄々そう思っていた。あんなに信じていたのに。諦めが段々と色濃くなっていく。


「いや、ちゃんといいところの買おうよ。お金のことは心配しないで。そのくらいの貯金はしてある」


 千裕は胸を張って見せるが、不安の色は隠せていない。僅かに二の腕が揺れている。テーブルの下で落ち着きなく、手を動かしているのだろう。あぁ、もう答えは出たのか。徒労感に一気に襲われる。三十代の大事な六年を返せ。あの子と付き合いたいのなら、もっと早く別れて欲しかった。四十が見える年になってしまった今、この時間は酷く惜しい。
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