ジングルベルは、もう鳴らない
 可愛らしい、手書きのメニュー。そこに描かれたちょっと不細工な象が、妙に印象に残る。樹里はキーマ、朱莉はチキンを頼んだ。見た限り、欧風でもなくインドよりでもない。日本人のイメージするカレーだろうか。キッチンからご主人の、ヒロミ、と優しい声がする。妻を呼んでいるのだろう。幸せそうだなと目を細めつつ、樹里はキリッと朱莉に向かい直した。


「さて、朱莉さん。ご報告がございます」
「は、はいっ」


 食事が来る前に、結論だけは言っておこうと思った。樹里が何も言わなければ、朱莉は恐らく聞いて来ないだろう。当然、気になってはいるだろうが。


「えっと、別れて来ました。で、もう二度と会わないって、言ってやりました。以上です」
「はい。お疲れ様でした……って。いやいや。結論は分かった。まぁそうだろうなぁとは思ってました。けど、今回に関してはその原因が問題であったわけで。解決は出来なかっただろうけど、納得は出来たってことですか」


 周りを見渡してから、朱莉が身を寄せる。そして、子供のこと、と囁いた。
 香澄の中にいるという命が本物なのか。それは千裕とのことなのか。本質を見極めなければいけなかったかも知れない。でも樹里にとっては、そんなことどうでもよくなっていた。嘘を吐いてコソコソ会っていた時点で、もう終わりにする以外なかったのだ。


「結局、彼は認めなかった。誤解だって言うばかりで」
「いいの? それで」
「うん、うん。いい。もう、それでいいの」

 朱莉は腑に落ちないようだったが、樹里はこの結論に納得している。
 疚しい関係ではなかったとしても、千裕が嘘を吐いていた事実は変わらない。同僚と飲みに行ったことを咎めたのではない。嘘をついてまで、二人で会っていたことに嫌気が差したのだ。しかも相手は、香澄。彼が言うように何もないのなら、香澄と飲みに行くと堂々と言えば良かっただけだ。けれど、彼はそれをしなかった。白か黒かで言ったら、千裕は限りなく黒に近いグレー。ほぼ黒にしか見えないような、グレーなのだ。
< 45 / 196 >

この作品をシェア

pagetop