ジングルベルは、もう鳴らない
「本当は出すつもりなかったんだけど……」


 そう断って、香澄はバッグを漁り始めた。それを見つめる樹里は、酷く冷めた目をしている。努めてそうしなければ、動揺を表に出してしまいそうだった。これを信じて、飲み込まれてはいけない。そうギリギリと奥歯を噛み締めていた。

 そして、香澄が出したのは一枚の写真。黒っぽい砂嵐のようなそれは、そういうことに疎い樹里でも何であるかはすぐに分かった。これは、いわゆるエコー写真だ。子供ができた時に見るというアレ(・・)である。香澄はただ悲しげに、それをじっと見つめていた。


「樹里には申し訳ないと思ってる。でもね、まだこんな豆粒だけれど、ちゃんと生きてる。来年の春には生まれるの。四月十六日。どうか……お願いします」


 お腹を撫でながら、香澄はまた頭を下げた。困惑と不穏の色がどんよりと渦巻いている。これは現実なのか。樹里とのことを知っていたくせに。平然と千裕と関係を持って、結果こんなことを言うのか。言ってやりたいことは山ほどあった。

 焦るな。焦るな。樹里は何度もそう念じる。千裕がそんなことをした? さり気なく、首にかかったネックレスに触れる。先月の誕生日に彼がくれた物だ。本当は指輪が買いたかったけどサイズが分からなくて、と照れた顔は今でも思い出せる。あれすら嘘だったと言うのか。今度一緒に見に行こう。千裕は確かにそう言った。それなのに。
< 5 / 196 >

この作品をシェア

pagetop