ジングルベルは、もう鳴らない
「あぁ映画」
「ん?」
「いや、ほら」


 照れ隠しのように、彼は話を変えようとする。指差すのは、駅に貼られた映画のポスターだ。それは、週末に朱莉と観たアレである。


「樹里さん、最近何か観ました?」
「あぁ週末に、ちょうどこれ観たよ」
「へぇ、こういうの見るんですね」
「いや、私の趣味じゃないの。朱莉、あぁ一緒に行った子がね、観たいって言うからさ」


 嫌いだと端から決め付けていたら、絶対に出会わなかった映画だった。初めて知る役者がいたり、曲が良かったり。ストーリー以外での楽しみも見つけることができた。良い体験だったと思っている。


「樹里さん。今、アカリって言いました?」
「え? あ、ごめん。友達」
「お友達。そうですか」


 大樹には、広報部の子だと言えばよかったか。最近は、会社の後輩というよりも、ただの友人として付き合っている。そのせいか、当たり前の説明が出来なかった。樹里は首を捻って、暫し考える。彼が朱莉を知っているとも限らないし、嘘ではない。友達として付き合っているし、まぁいいか。一人、そう納得する。うんうん、と小さく頷いた時、不意に前の方から名前を呼ばれた気がした。ゆっくりと、その方向へ視線を向ける。
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