ジングルベルは、もう鳴らない
「あれ?」
「あっ……えっと、こんばんは」
「こんばんは。お散歩ですか」


 マンションに帰ると、丁度ブンタが出て来た。飼い主の男性が、何だか気不味そうな顔を見せる。今のイライラした顔を見られたか。思わず目を逸らしたが、ブンタはルンルンと尻尾を振り、スッとお座りをする。この間と同じ体勢だった。撫でろ、ということだろうか。


「あの……今日も撫でて、大丈夫ですか」
「あ、すみません。もう撫でられる気満々ですよね。お恥ずかしい」


 申し訳ない表情の彼と目を合わせ、樹里はニコッと微笑んだ。私も癒されるのでありがたいです、と。すると彼は、ホッとしたように見えた。丁寧に整えられた髭が、大人の男という感じがする。彼はきっと、上の方のファミリータイプの部屋に住んでいる人だろう。穏やかな奥さんと可愛い子供がいるような、温かい家庭がとてもよく似合う。


「ブンタ。今日もパパとお散歩? いいねぇ」


 ハッハッと息をして、ブンタは気持ちよさそうな顔をする。クリクリした嘘のない瞳。何だか、永遠に撫でていられる気がしてしまう。


「すみません。ありがとうございます。良かったな、ブンタ」
「私の方こそ、ありがとうございます。ちょっと仕事で疲れてたので、癒されました。ブンタ、ありがとうね」


 樹里の方を真っ直ぐに見て、ブンタは尻尾をパタパタ振った。さぁ行くぞ、と声が掛かると、ブンタはきちんと飼い主の脇に立つ。とっても利口だと思った。それでは、と背を向けた彼ら。樹里の胸も少し温かくなった気がする。何だか、小さなお友達が出来た気がしていた。

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