ジングルベルは、もう鳴らない
「千裕、だね」
「そう、ね」


 妙な間が空く。言葉が続いていかない。冷静に対処してしまいたいのに、また一段と心臓の音が大きくなった。血の気が引くのが分かる。それでも、耐えなければいけない。これは確定した話ではない、一方的な訴えに過ぎないのだ。樹里は強く前を向くしかなかった。


「分かった。あなたの言い分は聞きました。でも、今ここで何かを決めるのは、到底無理なことは分かるよね」
「う、うん。分かってる」
「良かった。事が事のようだから、私もきちんと彼と話をします。だから持ち帰らせて貰ってもいいかな」


 動揺は絶対に見せない。努めて冷静に。樹里の心はそう何度も何度も唱えた。香澄は潤んだ瞳で、大きく頷いている。泣きたいのは、こっちだというのに。

 三十七年生きて来て、こんな事態に遭遇したことはない。正解が分からないのだ。それでも、取り乱したらいけないのは分かっている。だって、これは罠かも知れない。千裕は、そんなの合成だろうって笑うかも知れない。今、彼を信じなくてどうする。仕事でもしているかのように振舞うが、心は必死に踏ん張っている。
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