ジングルベルは、もう鳴らない
「あの……僕、独身です」
「え? えぇ?」
「すいません。おっさん一人と犬一匹で住んでます」
「あっ……余計なことを言いました。すみません」
「いえいえ。気にしないでください。結婚していておかしくない年ですからね」


 ハハハッと彼が笑ったら、ブンタがワンと吠えた。飼い主が笑うと、ブンタもきっと嬉しいのだろう。可愛らしくプンプンと振れる尻尾。だが、樹里はちょっと落ち込んだ。これでは部長と変わらないじゃないか。余計な一言は、相手を傷付けるだけだというのに。


「もし本当にお時間が大丈夫だったら、一緒に行きませんか。そこの公園までですけど。あぁ、でも……おじさんが、若い女の子を誘う時間でもないですかね」
「若い……いや、若くはないですし。女の子でもないです」
「いえいえ。僕からしたら、可愛らしい女の子ですよ。こっちはおっさんですからね」


 ボッと自分の頬が赤らんだのが分かった。こんなにも女の子(・・・)と呼ばれる日があるだろうか。でも今のそれは、部長に言われたのとは違う。そう言われて、気恥ずかしくて、ちょっと嬉しくて、こそばゆい。そんな感覚だった。樹里は、へへへと鼻を少し擦る。それから、一緒に行ってもいいですか、と微笑んだ。
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