ジングルベルは、もう鳴らない

第19話 いいわけ

「ありがとうございました。じゃあ、おやすみなさい」
「おやすみなさい。ブンタ、またね」


 マンションに入り、彼らとは自然と別れた。彼は良い人だと思うが、名前すら知らない人には違いない。何となく部屋を知られるのは抵抗があったのだ。樹里は、ポストの方へ道を逸れた。彼らはそのまま、エレベーターのある奥の方へ歩いて行く。それを見届けると、樹里はフゥと壁に背を凭れた。さっき二人で月を見上げた時から、僅かな高揚を感じている。あの時、確かに胸が小さく鳴った。ときめいたとかではなく、私もそう思っていたの、という共感だ。久しぶりに、誰かと気持ちを分け合えた喜び。今も、ちょっとだけ嬉しい。


「独身だったかぁ」


 ボソッと声が出てから、慌てて辺りを見渡し、誰もいないことに安堵する。既婚者だと思っていた彼。初めて会った時から、温かな家庭がある感じしかなかった。幸せは、結婚の隣にしかないわけじゃない。分かっていたくせに、樹里のどこかに『幸せ=結婚』の構図があるのだと痛感する。これじゃ部長と同じじゃん。小さく呟きながら、樹里はゆっくりと部屋の方へ足を向けた。ホールから、廊下を通って、すぐに辿り着く一階の自分の部屋。あまり人に会わずに済むのが気に入っているのだが、今日は人の気配を感じる。毎日そう上手くもいかないか。そちらに視線を向けた樹里は、すぐに「あれ?」と間抜けな声を出した。
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