ジングルベルは、もう鳴らない
「そうだ、樹里ちゃん。お部屋、いいの見つかった?」
「あ、部屋? 部屋、そうねぇ」
「あれ、でも樹里さん。最近、賃貸サイト見てないですよね」


 唐揚げを頬張りながら、大樹がそう指摘する。嘘だ。毎日見ていたはずだ。ハイボールを飲みながらそう思うのに、確かに最近見た物件が思い描けない。仕事が忙しくとも、ウキウキしながら探していた。時期は、年明け。少し仕事が落ち着いたら。そう決めて、通勤のシミュレーションだってした。あんなに楽しかったはずなのに。


「何? 樹里ちゃん、まさか……恋か。あ、うん。恋だな」
「はぁ? もう何言ってんの」
「朱莉さん。僕もそう思うんです。恋なら認めてしまった方が楽ですよね。それに最近、ここに皺が寄らなくなって」


 大樹が眉間に指を当てると、朱莉も同じように指を当てる。同じポーズを取った二人の視線が、一度にこちらを向いた。樹里は気不味くなり、ジョッキを持って視線をかわす。だって、あれは恋ではない。斎藤に感じた弾む心は、ただ共感し合える喜びだ。


「何、二人して。もう。私だって、ただ穏やかに仕事ができる時があるんですよ」
「へぇ、本当。でもねぇ、私は聞く権利あると思うよ」
「それはそうだけど。まぁそんなことがあったら、朱莉には話しますよ。ちゃんと」
「本当?」
「本当。嘘ついてどうするの」


 正直に言って、朱莉だけだったら素直に話しただろう。寧ろ聞いて欲しかった。でも今は、大樹がいる。流石に直属の部下に聞かせる話ではない。「ところで、朱莉。平野くんのこと知ってたの?」と話の矛先を変えた。この話題なら、ほら、思った通り。大樹が身を乗り出して、目を輝かせた。あまりに分かりやす過ぎて、朱莉が引いてしまわないか心配なくらいである。
< 84 / 196 >

この作品をシェア

pagetop