ジングルベルは、もう鳴らない
「朱莉、恋って何。どう始まるんだっけ」
「何だそれ。もう少し一緒にいたいとか。彼のことを知りたいとか。そういう感情じゃない? 胸がドキドキしたりさぁ」
「そういうものか」
「えぇ、何? 忘れた?」
「はい……忘れました」


 朱莉は呆れた顔をして笑うけれど、樹里は当然だと思っている。千裕と六年も一緒にいて、そのまま結婚をするのだと思っていた。始まりの気持ちなど、もう必要ないはずだったのだ。どんな感情で、斎藤を見ていただろうか。月が綺麗だと言われただけで、そんな恋愛のような感情を抱いただろうか。


「樹里ちゃんが犬飼ったらさ」
「え? うん」
「私、同じマンションに引っ越すわ」
「何それ」


 急に変な提案をした朱莉は、ケラケラッと笑った。彼女ならやるだろう。思い切りの良さは、憧れてしまうほどだ。樹里にそこまでの行動力はない。


「犬の名前はねぇ、ハナコね」
「あ、メスなんだ」
「そりゃそうよ。ブンタと仲良くする言い訳なんだから」
「そんな不純な動機じゃ飼いませんよ」
「だよね。分かってるって」


 朱莉が窓の外に目をやると、電車は彼女の降りる駅へ入るところだった。ハナコの話は何なのか。聞いたところで、きっと意味などない気がした。ドアが開くと、うぅん、と朱莉が唸る。
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