婚約破棄?   それなら僕が君の手を
 アントンは「だから」と話を続ける。
「セイラが空いてるんだ。」

 リシェルは去年の社交界デビューの夜会でのほろ苦い気持ちを思い出していた。
 ランドリア王宮では特にデビューの歳は決まっていない。それぞれの家の都合に合わせて参加の意思を王宮府に表明する。
 リシェルとアントン兄妹は、去年一緒にデビューすることになった。王宮の広間で国王陛下と王妃陛下に挨拶すると、次はデビュタントのダンスになる。リシェルは勇気を出して、アントンの妹セイラに
「パートナーをお願いできませんか?」
と声をかけてみた。セイラはにっこり微笑むと
「わたくし、腕の太さがわたくしの脚よりもがっしりしている方が好みなのです。」
とのたまった。リシェルは一瞬理解が追いつかなくてポカンとしたが、意味がわかるとガックリと項垂れた。
「ちょ、セイラ!公爵子息になんて事言うんだよ!」
アントンが慌ててフォローに入る。アントンの両親は青くなり、リシェルの両親は苦笑していた。それに気づいているのかいないのかセイラはさらに
「リシェル様は美しすぎて、わたくしが霞んでしまうのも困りますわ。」
と言う。すると、リシェルの母が
「そうなのよ。リシェルは美しすぎるの。困るわよねー。」
とセイラに共感する。
「でも、今回だけよ。今日の思い出として一曲踊ってあげて欲しいわ。」
まさかのリシェルの母からのお願いである。これにはさすがのセイラも嫌とは言えず、顔を引き攣らせながら
「ではよろしくお願いします。」
と言うのが精一杯だった。
 リシェルは剣術は苦手だが運動神経がない訳ではない。ダンスもそこそこできる。(と思っている。)それでもセイラとの一曲は恥ずかしいのと申し訳ないのとで、どうやって踊ったのかまるで覚えていなかった。
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