婚約破棄?   それなら僕が君の手を
 目の前にいるのはいつものリシェルだ。あれから着替えて、サロンに戻ってきた。
「リシェル様が女性でなくて本当に良かったですわ。」
セイラがしみじみと言う。
「あれに勝てる方はランドリア中を探してもいませんもの。」
隣りでアントンがぶんぶんと首を縦に振っている。リシェルは大きくため息をついて
「ジェシーの近衛昇格祝いにドレス姿を見たいって頼まれたんだよ。今後二度としない、って約束したけど。でも何も今日じゃなくてもよかったよね。」
と脱力している。
「今後二度と?」
セイラが疑問を口にする。
「リシェルは12歳ぐらいまでドレスを着て生活してたから。」
ジェシーが暴露すると、アントンとセイラはなるほど、と納得していた。リシェルは『何故納得するんだ?』と思わないでもない。
 今日のドレスはジェシーが卒業祝い?にとリシェルにプレゼントしたもので(もらった本人はまるで納得がいかない)、サイズもぴったり、色もリシェルに似合っている。通常、リシェルは緩くうねる金髪を肩より少し伸ばしたのを一つに束ねているが、今日はドレスに合わせてハーフアップにしていた。それもアントン達に違和感を与えなかった理由の一つで、化粧をしているわけでもないのにリシェルだと気がつかなかったのだ。
「女性でしたら、一番の王太子妃候補でしたでしょうね。」
セイラが言うと
「そんなことはさせないよ、僕たち家族は。」
とジェシーが兄バカぶりを発揮する。もう18歳なんだけど、とリシェルは心の中で呟く。家族に愛されるのは嫌ではないが、さすがに友人の前では恥ずかしい。まあ、アントンはそんなことで馬鹿にしたりはしないと思うけれど。
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