婚約破棄?   それなら僕が君の手を
 ボードン侯爵が出てきて夜会開始が告知された。あんな騒ぎがあっても、夜会はそのまま行われるらしい。

「リシェル様のご存知の令嬢でしたの?」
「小さい頃に会った事があるだけですが。向こうは忘れているでしょう。」
相変わらず小声で話しながら、リシェルは周囲を観察していた。

 彼女(ルーナ)に婚約破棄を言い渡した男を探す。頬が赤くなっていたのはぶたれたからではないだろうか。学園でいつも俯きがちだったルーナを思い出すが、婚約者は一度見たきりで顔を覚えていない。名前もアントンが話していたような気がするが、リシェルは記憶していなかった。会場を見渡しても、それらしき人物は探せない。

 夜会後、サシャを送り届けてから帰宅したリシェルは、次の休日に王都騎士団に所属しているアントンを訪ねてみようと手紙を書いた。
 子供の頃に迷子の自分を救ってくれた優しく明るい女の子の笑顔を取り戻したい。リシェルはただそれだけを願っていた。
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