婚約破棄?   それなら僕が君の手を
「それでも、先日の夜会はジョルジュ様から来て欲しいと頼まれました。気はすすまなかったのですが、どうしてもと。新しいドレスを作る余裕はありませんでしたから、母のお古をリメイクしたのです。結果的に、婚約は破棄されることになってしまいましたが、私はそれで良かったと思っています。」
 ルーナは少しずつ、言葉を選んで話してくれた。
「あの夜会で君の頬をぶったのはジョルジュ・ゲイツなのかい?」
リシェルは会場を小走りに去っていったルーナを思い出し、確認する。
「……はい。ジョルジュ様は私を見るなり怒り出してしまって。何を言われたのか覚えていませんが、婚約が解消される事だけはわかりました。」
あの男はかなり辛辣な言葉を吐いていた。ルーナが覚えてなくてよかったと思う。
「でも、会場にはそんな怒りに満ちた人物は見当たらなかったんだけどなあ。」
リシェルが呟くとルーナが答えをくれた。
「あの方は私に婚約破棄を告げた後、すぐに別の令嬢とご一緒でしたから。真実の愛を見つけただとか、なんとか。」
「なんて酷い!!」
それにはセイラが反応する。
「あの男はそういう奴だったよ、学園にいる頃から。いつも女生徒を周りに置いていただろう。」
アントンが言うとルーナも同調した。
「そうですね。私は名ばかりの婚約者でしたが、彼の取巻きの女生徒からはいろいろ悪意を向けられました。」
「仕返しはしませんでしたの?」
「はい。品のない行為はしたくありませんでしたし……。母がよく言っていました『新参者と言われないように下品な行為はしちゃダメよ』と。」
「良いお母様ね。」
ため息をついてセイラが感心している。
「それに、私はたぶんジョルジュ様を愛していた訳ではないのだと思いました。だから婚約破棄自体は辛くないのですが……バラの事は心残りで……。」
ルーナがゲイツ侯爵家に嫁げばバラ農園に関わることが出来たが、婚約破棄となるとそれはできなくなってしまった。
 リシェルは花が咲いている農園を見ることはなかったが、楽しそうにバラの木の間を歩くルーナを思い出して、それが二度とできないのだと思うと残念な気持ちになる。
< 36 / 64 >

この作品をシェア

pagetop