婚約破棄?   それなら僕が君の手を
 国王陛下の挨拶の後のファーストダンスは王太子カイトが務めるようだ。姉はそのファーストダンスの相手に選ばれるつもりで、王太子に近づいていく。その他の王太子妃候補と言われる令嬢達も、そわそわと王太子カイトを見つめていた。
 次の瞬間、ジョルジュは目を見張る。カイトがあの令嬢の前に立ったからだ。

 カイトは楽しげな表情で令嬢をエスコートする男性に声をかける。
「ワイルダー伯爵、ご令嬢をお借りしてもよろしいですか?」
ワイルダー伯爵と呼ばれた年配の男性もにこやかに
「もちろんでございます。殿下、どうぞ宜しくお願いします。」
と返答する。
「では、リサ嬢。」
令嬢は王太子カイトの差し出した手に、緊張した面持ちで、しかし、堂々と自身の手を重ね、会場の中央に進んでいく。

 会場中の嫉妬や憧憬の視線を浴びていながら少しも怖気付いていない令嬢は、王太子カイトと完璧なダンスを披露した。時々話しかける王太子にも微笑んで答えを返している。その振る舞い方から、リサ・ワイルダー伯爵令嬢は王太子カイトと面識があるように思われた。
「誰だ。あの令嬢は。」
ジョルジュの隣りでゲイツ侯爵が苦虫を噛み潰したような顔をしている。
「ワイルダー伯爵令嬢と聞こえましたが。」
ジョルジュは父親に冷静を装って返答する。
「あまり聞いたことがない家名だな。どこの田舎からやって来たんだ。」
確かに、ジョルジュにもその家名に心当たりはなかった。だが、王太子がそう言ったのだ。間違いではないだろう。
「お二人は親密そうに見えましたが、そうそう殿下が遠方まで通うことはできないでしょう。」
「だが、あの令嬢もこの辺りでは見かけないそうじゃないか。どこで出会うというんだ。我が娘の方がよほど殿下とお会いしているはずだ。次のダンスには必ず選んでもらわねば。」
ゲイツ侯爵は顔を赤くして目を吊り上げている。ジョルジュは興奮している父親に右の口角を上げて提案した。
「私があの令嬢を惹きつけてみせますよ。」
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