婚約破棄?   それなら僕が君の手を
 ルーナを「薔薇の妖精」と例えた時に、ゲイツ侯爵がびくりと反応したことをカイトとリシェルは見逃さなかった。王太子カイトはそれまでの微笑みを消して、ゲイツ侯爵を見る。
「侯爵は先日、ゲイツ家の領地で薔薇を使った産業に力を入れている、と言ったな。」
「左様でございます。」
「領地に薔薇の農園があるのか?」
「はい。」
「領地のどこが農園なのか、地図で示す事はできるか?」
カイトがゲイツ領付近の地図を取り出して広げる。侯爵が指したところは元はテイラー家の領地だ。
「ここはテイラー伯爵家の領地ではないのか?王宮府で管理している地図では、ここはテイラー領だ。」
「現在、王宮府に境界線の変更届けを出しているところです。」
ゲイツ侯爵は作り笑いを浮かべて答えている。
「現在?テイラー伯爵、ここが伯爵領でなくなったのはいつからだ?」
カイトは次にテイラー伯爵に問いかけた。
「5年前です。証拠はこちらに。」
伯爵は冷静さを失わず、持っていたケースから書類を取り出して王太子に見せる。それはリシェル達が怪しんでいた、境界線変更の契約書だった。
「これは、亡くなった妻が契約したと言われたものです。サインも印璽も妻のものです。比較する為に、ルーナの婚約宣誓書もございます。」
「確かに、このふたつは同じに見えるね。」
カイトが書類を見比べる。
「ですが、我が家に残されている妻の印璽はこれとは少し異なっているようなのです。」
テイラー伯爵は今度はケースから小さなベルベットの袋を取り出した。それを見たジョルジュがぴくりと反応し、焦り始めたのをリシェルは見逃さない。
 カイトは袋の中から印璽を取り出し、書類に捺されたものとを交互に眺めている。
「見ただけではわからないな。捺してみてもいいかな。」
「どうぞ。インクと紙はこちらに。」
テイラー伯爵は手際良く王太子の前に並べていく。ゲイツ侯爵の表情はあまり変化していない。リシェルはそのことが少し気にかかっていた。
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