婚約破棄?   それなら僕が君の手を
 リシェルはルーナの説明に満足そうな王太子と、まだ不満がありそうなゲイツ侯爵を見比べる。王太子は
「ならば、この契約書の印とテイラー家に残されている印璽は別のものだということだな。」
とルーナに確認した。
「そうです。この印璽はお母様が持っていたものではありません。」
「では、この契約書に捺された印は誰が捺したのだろうな、ゲイツ侯爵。」
王太子に問われ、ゲイツ侯爵は不機嫌さを隠さなくなっていた。なおも王太子は続ける。
「伯爵夫人が契約を交わした後で印璽をなくしてしまって、新しく作ったのだろうか。」
「知るわけがなかろう。テイラー伯爵家がなくした印璽の事など。」
侯爵は王族に対する言葉遣いさえ気にかけていられないようだ。
「本当に知らないのか?」
その態度に王太子はこれまでのにこやかな表情からは想像つかないほど目つきを鋭くして問いかけた。
「本物がここにあると言っても?」

 王太子の発言にゲイツ親子は顔色を失った。特にジョルジュは目をキョロキョロさせて挙動不審になっている。
「何故、殿下がお持ちなのでしょう?」
侯爵は息子を気にしながら、蒼白な顔色で王太子に問う。
「それはご子息に聞いてみたらどうかな?」
王太子の返答にジョルジュは更に顔色をなくしている。リサを口説いていた自信満々な侯爵子息はどこにもいない。
 その様子を見て、ゲイツ侯爵は何も言えなくなっていた。息子が夜会の会場で執着していた女性を思い出し、この部屋に連れ込んだ後の事を想像したのだろう。
 王太子が合図を送ると、アントンがリシェルから受け取ったベルベットの袋をテイラー伯爵に渡した。伯爵は無言で中から印璽を取り出し、それを見たルーナが確認する。
「これが本物です。間違いありません。」

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