婚約破棄?   それなら僕が君の手を
 ルーナには、王太子の作戦は何も知らせていない。夜会の当日に王宮で待機していて欲しいと伝えただけだ。だから、リシェルがどんな役割をしていたか、ルーナは知らないはずなのだ。リサをリシェルだとわかっていたのは、作戦を知っている人たちだけだと思っていた。リシェルはおそるおそる
「セイラ嬢に聞いたの?」
と聞いてみた。
「いいえ?……あの部屋に入ってすぐにリシェル様だとわかりました。」
リシェルは青ざめて
「ルーナが僕だとわかったって事は、他にもリサ=僕だとわかった人がいたのかな。」
と心配になった。ルーナはセイラと違ってリシェルの女装を見た事がない。初見のルーナにもわかるなら、気づく人がいてもおかしくない。あの後誰もそんなことを言ってくる人はいなかったけれど。
「他の方はわからないと思いますわ。父も知らないと思います。私は……ずっとリシェル様を見ていたから……。」
ルーナはそこで言葉を切った。見ると、ほんのり頬が赤くなっている。
「ずっと?」
リシェルが不思議に思ってきくと
「はい。言わないつもりでしたけど、リシェル様が学園にいらした時は遠くからいつも見ていました。まさか自分と接点があったなんて思いませんでしたから。ですから、リシェル様の体型や耳の形などを見れば……。」
ルーナは俯いてしまったが、耳まで真っ赤だ。
「そ、そうなんだね。よかった、みんなに僕だとバレてたら作戦は失敗だったよ。……でも……そうか、ルーナは僕を見ていてくれたんだね。」
「迷惑ですよね。」
ルーナが申し訳なさそうに言うので
「いや、迷惑じゃないよ。僕もルーナの事が気になっていたから。」
と、婚約者に邪険に扱われるのを見て心配していた事を伝えると
「ああ、そうですね。」
とルーナが少し気落ちしたように見える。
「でもこちらに来てからのルーナに笑顔が戻ったのはとても嬉しいよ。頑張って女装した甲斐があったよ。」
リシェルがにっこりと微笑みかけると、ルーナはまた真っ赤になった。
 前方を歩いている人たちはもう見えなくなっている。
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