政略婚姻前、冷徹エリート御曹司は秘めた溺愛を隠しきれない
幼い頃から仕込まれた家事だけが取り柄の明花とは、出来がまったく違う。
「ところが違うんだな」
「おい、余計なことは言うな」
「余計じゃなくて真実だよ」
ふたりのやり取りを聞いていた美也子がふふっと笑う。
「料理はからきしダメだものね」
「美也子も人のことは言えないだろ」
「あとはアイロンがけ。あれはほんとにひどい。シワを伸ばすどころか増やす天才だし」
「もっといいアイロンがあれば、俺だって上手にできるはずだ」
遠慮のないふたりの応酬は、聞いているこちらまで楽しくなる。この店を訪れたときの緊張はどこかに飛び、明花は自然と笑顔になった。
三人がアメリカで過ごした大学時代の話は尽きない。
必死に課題に取り組んだのはもちろん、大学対抗のスポーツ観戦で熱狂したこと、週末のパーティー、長期休暇にアムトラックで訪れた街など、聞き手に回る明花にとってどれも興味深く楽しい。
そうして盛り上がる中、明花は弾む会話の邪魔をしないよう貴俊にだけ小さい声でひと言断り席を立った。