政略婚姻前、冷徹エリート御曹司は秘めた溺愛を隠しきれない
「明花? 大丈夫か?」
「……はい」
そう答えた歯はカチカチと音を立てた。
今はもうあのときではない。今こうして明花はここにいるのだから。
(だけど、あのとき私はどうやってあそこから出たの……?)
記憶の断片が、細切れに脳裏に映し出される。
(たしか誰かが……)
ドアを叩く音と声に明花は飛びついた。
「明花、これでも舐めて気分を紛らわせよう」
貴俊が明花の手にアメをのせる。それはイチゴ味のアメだった。
(――そう、あのときもこうしてアメをもらって。たしかこれと同じアメだわ)
明花は息を飲んだ。
『おにいちゃん、おなまえは?』
『桜羽貴俊』
『さくらばたかとし? ねえ、おにいちゃん、おっきくなったらめいかをむかえにきて』
『え?』