政略婚姻前、冷徹エリート御曹司は秘めた溺愛を隠しきれない
「桜子が貴俊には知らせないでほしいと私に懇願したんだ。アメリカで頑張っている貴俊に二度も悲しい想いはさせたくないとね。私も断腸の思いだったのだよ」
丈太郎は握りしめた拳を小さく震わせた。
その言葉に嘘はないのだろう。父親なりに息子の幸せを願い、元妻の想いも尊重したかったに違いない。
「桜子の分も幸せになれとは言わない。そうできなかったのは私の不手際だからね。だが、桜子の想いだけはわかってやってほしい。貴俊を本当に愛していたことだけは」
丈太郎は貴俊の肩をトンと叩き、中へ戻っていった。
ひとり残された貴俊は、高い青空を振り仰ぐ。
(母さんは俺を迎えようと……)
約束を守ろうと必死だった。
忘れたわけでも、意図して破ったのでもない。
息子を迎えにいこうと本気で考えていた。運悪くそれが叶わなかっただけだった。
(そう、だったのか)
小さいくせにやたらと鋭い棘のようだった。いつまでもじくじくと疼き、ふとしたときにその存在を感じてきた。
長い間ずっと胸の奥につかえていたそれが、すーっと溶けて消えたような気がする。