政略婚姻前、冷徹エリート御曹司は秘めた溺愛を隠しきれない
「朝から賑やかねー。なにか事件でも起こった?」
物騒な言葉とは裏腹におおらかな様子で現れたのは、片野不動産の社長夫人、片野隆子である。
緩やかなパーマをかけたショートヘアに人の好さが滲み出た優しい顔立ち、ふくよかな体形は人に安心感を与える。
『五十歳を過ぎたあたりから急に太ったのよ。それまではモデル並みに細かったんだから』
証明とばかりに見せられた若かりし頃の写真は、たしかに彼女の言うようにほっそりとしていた。
還暦を目前にして、体重が微増しているとつい最近も嘆いているのを耳にした。
「事件ですよ、隆子さん! ほら、これ!」
万智が明花の手を彼女に向かって突き出す。
「なに、怪我でもしたの?」
「違いますよー。薬指!」
万智が誘導するなり、隆子は「あらっ」と甲高い声を上げて目を見開いた。