政略婚姻前、冷徹エリート御曹司は秘めた溺愛を隠しきれない

自然と感想が口から漏れる。貴俊はわずかに口角を上げて微笑んだ。

控えめな笑みの美しさに見惚れたせいか、明花の顔が火照る。その頬を夜風が軽く撫でていく。

(少し空気が冷たいかな。春だけど、さすがに夜はまだ冷え込むよね)

昼間は四月にしては暖かな陽気だったが、夜になるにつれ気温がぐっと下がったようだ。

コース料理も終盤。あとはデザートを残すのみとなったそのとき、貴俊に耳打ちをされたスタッフがひざ掛けを明花に運んできた。


「こちらをお使いください」
「ありがとうございます」


差し出されたそれを遠慮なく受け取り、膝の上に広げる。


「貴俊さん、ありがとうございました」


軽く頭を下げると、貴俊はまばたきで返してよこした。きっと〝どういたしまして〟と伝えているのだろう。
貴俊の気遣いに、いつの間にか冷えていた足と心がほんのりとしたあたたかさに包まれる。

(だけど、どうして貴俊さんは政略結婚なんて選んだのかな)

レストランに入るときのさり気ないエスコートといい、今のような気配りといい、彼ならいくらでも相手はいるだろう。それと同時に佳乃が言っていた、桜羽グループの御曹司は冷酷だという噂もいったいどこから出たのかと明花は不思議でならなかった。
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