政略婚姻前、冷徹エリート御曹司は秘めた溺愛を隠しきれない
三日後、完成した婚姻届は不意に片野不動産を訪れた貴俊に無事渡し、明花の役割は終了。結婚式の予定はまだ立てていないが、彼の希望で引っ越しの準備がはじまり、慌ただしい日々がスタートした。
式を挙げてから一緒に暮らしはじめるものだと思っていたが、貴俊の意向にはできる限り沿いたい。
その週末の夜、明花はひとりで暮らしているアパートでダンボールをいくつも組み立て、今すぐ着ない夏服と冬服を詰めていた。同時に不用品を廃棄するのにはちょうどいい機会だ。
就職を機に住みはじめたワンルームのアパートは、慎ましい生活をするにはもってこいの部屋である。
キッチンにはガスコンロがひとつしかないし、バスルームとトイレも一緒。それでも雪平の家にいる頃よりは、ずっと人間らしい暮らしを送れている。
クローゼットや小さな収納スペースの奥に手を伸ばしてあれこれ選り分けていると、バッグの中でスマートフォンが着信音を響かせた。
画面に〝貴俊さん〟と表示され、わけもなく鼓動が小さく弾む。心臓に手をあて、ひと呼吸置いてから「明花です」と応答した。
『引っ越しの準備ははかどってる?』
「はい、今も荷造りしていたところです」
目の前で口を開いたダンボールを一瞥して答える。