政略婚姻前、冷徹エリート御曹司は秘めた溺愛を隠しきれない

その夜、明花はクローゼットにまだ残してあった数少ない春物の洋服を片っ端から引っ張りだし、鏡に向かっては体にあて、また次の洋服を手に取って悩んでいた。
バリエーションはないしファッショナブルなものでもないとはいえ、ショーさながら。〝デート〟の準備に余念がない。

夕食も食べずに選んでいると、ベッドの上で洋服にうもれたスマートフォンが着信音を立てはじめた。
服をかき分け手に取る。貴俊からの電話だ。


「もしもし、明花です」


耳にあてたスマートフォンから、かすかに風の音がする。車のクラクションも遠くで短く鳴った。帰宅途中なのか外にいるみたいだ。


『明花、ごめん。急な打ち合わせが入って、明日時間を取れそうにないんだ』


貴俊からのキャンセルの電話で、万智の『デートだからウキウキしてる』という言葉が正しかったのを思い知る。テンションが緩やかに降下していくのを感じたのだ。

好意のあるなしに関わらず男性と約束をして会うのが初めてだったため、浮かれていたのは事実らしい。
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