きみの雫で潤して

第9話 心機一転

杏菜はレイプ事件があり、
住む家も安定していなかったことから
しばらく学校を休んでいた。

本来ならば、
警察に届けなければならないが、
今は家出少女。

何も手続きすることはなかった。

湊人が内見せずに
知り合いの不動産に
湊人の住む部屋の近くに
小さなアパートを借りてくれた。

家から身一つで来たため、
何も持っていなかった。

それでも、
無いもない部屋は広くて
清々しかった。
もともとの部屋は1LDKだったが、
ゴミが多く、居場所がない。


「まぁ、1Kならちょうどいいだろう。
 家賃とかもろもろバイトで稼ぐんだぞ。
 他はあとで返してくれればいいから。」

 窓をカラカラと開けて、ベランダに行く。

「え、高校生で雇ってくれるところあるの?」

「あるだろ、ファストフードとか牛丼とか。」

「なーんだ。風俗とかホステスとか勧めるかと
 思ってたよ。」

「…ばかか。勧めるわけないだろ。
 親があんなでやりたいと思うか?」
 
 湊人が冗談なしに応えたことに
 なんだかほっとした。

 杏菜は、ベランダのふちに手を置いて、
 外を見た。

「あ、昼の月だ。」

 雲のない青空にぽつんと月が
 半分欠けて見えた。

「白いよな。昼の月は。」
 
 タバコに火をつけて、天を仰ぐ。

「あー、マジでかったりー。」

「えー、私のこと?
 ごめん。」

「あー悪い、杏菜の話じゃないけどさ。
 ちょっと愚痴。」

「うそ、湊人も嫌なことあるんだね。」

「ほんと、俺だって人間だぞ。
 嫌なことの一つや二つ
 いや、たくさんあんだよ。」

 頬杖をつく杏菜。

「だよね、誰だってあるね。
 ……でもさ、なんで湊人の部屋じゃだめなの?
 お金高くかかるじゃん。いくら出世払いだからって。」

「…俺ら、付き合ってないだろ。
 付き合ってても、高校生とは一緒に住みません!
 パクられるだろうが。」

「なんでよ。
 ケチ。ビビッてんのー!」

「ち、ちげーし。
 ビビッてんじゃねぇよ。
 俺は、杏菜のそうだなぁ、
 カルガモの親だな。
 ぴょこぴょこってな。
 マジでうけるな。」

 タバコを吸いながら、ケタケタと笑う。

「カモって…ネギしょってませんけど。」

「は?ゲームの話してないけど?」

「なんでゲーム?」

「何かモンスターいなかった?
 ネギしょったカモ。
 でも、杏菜似てるかもな。
 かもだけに。」

 杏菜は、カモの話に飽きてきた。
 しらけて、部屋の中に入ってぺたんと床に座る。

 携帯灰皿に吸い殻を入れて、
 スーツのポケットから茶封筒を取り出した。

「これ、軍資金。
 部屋の家具家電揃えるのに使え。
 あと、学校、通いなおすって話してたよな?」
 
 湊人は、札束の入った茶封筒を
 床に置いた。

「え、そんな、こんな大金受け取れない。」

「あのなぁ、 あの家の出方してきて 
 これからどうやって生活すんだよ。
 さすがに何もない部屋じゃ無理だって。
 全額あげる訳じゃない。
 稼げるようになったら
 きっちり返してもらえばいい。
 利子はつけないから。」

 湊人は、肩の上でパタパタと手を振って
 靴を履く。

「んじゃ、そういうことだ。
 何か困ったことあれば、
 その茶封筒に連絡先書いてあるから。
 よろ。」

 「一ノ瀬消費者金融」とあえて
 会社みたいな名前と携帯番号を書いていた。

「待って!」

 後ろ向きのまま

「ん?」

「なんで、そこまでしてくれんの?
 体だって差し出してないのに
 何が目的?
 何も、私は湊人に何もしてない。」

 顎をくいとひっぱって、顔を見る。

「今日は出てないなぁ。」

「は?」

 マジマジと顔を見られて、
 杏菜はドキドキした。
 湊人は、パッと顎から手を離す。

「何もしてないってことはないよ。
 まー、俺は、あの時、
 だいぶ力もらったからな。」

 そう言って、湊人は、立ち去った。
 玄関のドアがバタンと閉まる。

 湊人がいないと
 部屋の中が氷のように冷たくなったようだ。
 
 昼間だというのに少しうす暗い。

 何もない部屋。

 ゼロになった空間。

 何かが始まりそうなワクワクと、
 1人で暮らしていけるのかのドキドキの
 不安が入り混じっていた。









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