嫌われ者で悪役令嬢の私ですが、殿下の心の声には愛されているみたいです。

29

 オルフレット様が隣のソファーをポンポン叩き、おいでといってくる。これは隣に座るしかない。

「は、はい、失礼します」

 本当のメイドなら許されないことだけど、オルフレット様の隣に座ろうとした。だけど……〈ロテの場所はここ〉と聞こえ、彼に手を掴まれたロレッテの体はフワリと浮き、オルフレット様の膝の上にポフンと座った。

(オルフレット様⁉︎)

 驚きで声が出ないロレッテ。反対側のソファに座っているカウサ様も、オルフレット様の今の行動に驚きの表情を浮かべていた。

 だけど、当の本人は何食わぬ顔で。

「ロテ、タマゴのサンドイッチが食べたいな」

 呑気きに囁き「食べさせて」と言わんばかりに口を開けた。――待って、オルフレット様⁉︎ いまロレッテ達の前にカウサ様がいる。恥ずかしくてロレッテは「おやめください」と、キッと彼を見つめたが。

〈あ、ロレッテの顔が真っ赤だ……恥ずかしいのか? 可愛いなぁ、ずっと見ていたい〉

 オルフレット様の幸せそうな声が聞こえて、微笑んだ。
 瞬時、この甘い空気と、この場の空気を読んだカウサ様はサンドイッチ、いちごジャム付きスコーン、バタークッキーをサッと食べ、ゴクゴク紅茶を飲むとソファから立ち上がると。

「ごちそうさまでした。……オルフレット様、私は今から、この書類を書庫で調べ物をしながら整理してきますので、戻りは1時間後になると思われます。リラ、書庫で私の手伝いをしてください」

 隣の部屋にいるリラにも声をかけると、すぐに扉が開きリラが出てきた。

「カウサ様、かしこまりました」

 オルフレット様とロレッテに「行ってまいります」と頭を下げて、カウサ様と執務室を出て行った。

〈なんて、よくできた側近とロレッテのメイドだな……さて、2人きりの時間を楽しむか〉



 ❀
 


 2人きりのオルフレット様の執務室で、彼は笑みを浮かべて、ロレッテに。

「そこのサンドイッチが食べたいな、ロテの手で食べせてくれるかい? ――いや、ロレッテ」

 と、オルフレット様は髪を優しく撫でて、ロレッテの名前を呼んだ。そう、この変装は初めからばれている。だが、それはロレッテがオルフレット様の心の声を聞いて知っているから。

(ここは――うまく、話さないと)
 
「え? 私のメイドの変装が、オルフレット様にバレていたのですか?」
 
「ああ。この部屋に入った瞬間から、ロレッテだとわかっていたよ」

 オルフレット様がふんわり微笑む。
 そのステキな笑顔に、釘付けにロレッテはなってしまう。

(優しい笑顔……)

「どうしたの、ロレッテ嬢。僕に食べさせてくれないのかい?」

〈はやく、ロレッテの手から食べたいな〉
(……ううっ)

「あの、すみませんオルフレット様……このまま食べさせるのは難しいので、隣に座ってはダメでしょうか?」

「隣に座る?」

〈おお、それもいいな〉

 オルフレット様は少し悩み「わかった、立ち上がるね」と、ロレッテを抱えたまま立ち上がり、そっと横に座らせた。ロレッテは用意した手拭きで手を拭き、サンドイッチを手に取り彼の前に差し出す。

「オルフレット様、アーン」
「アーン。ん、美味しい」
 
「ほんと? よかった……たくさん作ったので食べてください」
 
「ありがとう、ロレッテ嬢、助かるよ」

(このオルフレット様の微笑み……このままでは私の方が参ってしまうわ)

 お慕いするオルフレット様との近い距離、トクトクと鼓動が跳ね上がる……。

「ロレッテ嬢、次は野菜サンドをもらおう」
「は、はい」

〈美味いな。ここで食べる食事に……さいきんはおいしさを感じなくなっていた。いつもの殺伐とした執務室も違う。愛しいロレッテが近くにいてくれるだけで、休まる空間になるんだな〉
 
(オルフレット様……)

 ロレッテとオルフレット様の2人だけの執務室に「キュン」と、庭に来ていた子犬君に似た鳴き声が聞こえた。

「え?」

 いつの間にか、ロレッテ達が触る反対側のソファーの上に。首に青いリボンを付け、前よりも毛並みが艶やかな子犬君が寝そべっていた。
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