紺碧の夜に見る夢は
ふっと微笑を浮かべた彼は、「嘘だよ」と囁くように告げ、しなやかな指で口許にタバコを運ぶ。
「え……?」
そのままこちらを向き、ゆっくりと近づいてきた彼は、わたしの顔を覗き込むように少しかがんだ。次の瞬間、ふわっと漂う煙とともに、一気に視界が白くなる。
「……っ、ゴホッ、」
タバコのにおいが鼻を突き刺し、思わず咳き込んでしまった。
その反応を見て満足げに笑った男は、タバコを地面に落とし、そのまま靴でぐしゃりと踏みつける。じりじりと左右に動かして火を消すその仕草は、いつかの日に観た映画のワンシーンのようだった。
「ちょっと待っててね」
急に柔らかくなった声と眼差し。ポン、と頭に置かれたあたたかさ。
すれ違う瞬間、ふわりと香ったのは、オリエンタル系。彼の色っぽさを存分に引き立てる濃厚な香りだった。
「あ」
何かを思い出したように、ふと声を上げた彼。なんだろうと思っていると、ふいに耳元から心地よいアルトが響いた。
「耳、塞いでてね」
ビリビリと痺れるような感覚。この人の声は危険だ、とても。
コクコクと夢中で頷くと、ふっ、と耳に吐息をかけた後、アルトは離れていった。
言われた通りに耳を塞いで、ついでに目も閉じた。すべての意識をシャットダウンし、無になる。そうすると、恐怖も、不安も、何もかもがなくなって、無の空間にぽつりと存在しているような気分になった。