いたちごっこ

 「それにしても新しい職人が来るってんで皐月くんも気合が入ってるわね」

 「そんなに気合が入るほど凄い人なの?」

 「そりゃもう、えも言われぬ天才よ。うちに来るのが不思議なくらい」


 本当に凄いんだから〜。と、お母さんが輝々とした表情で、カウンターの下から取り出した和菓子特集の雑誌を私に見せる。開いた雑誌の中には、髪も笑顔も物腰も全て柔らかい印象の好青年が一人。


名前は筒地君。歳は私達より少し上くらい。この人が明日からうちに来る新しい職人さんらしい。


雑誌の記事の内容によると、彼は有名な製菓学校を卒業後、厳しいと評判の店で修行を積んできたそうだ。その修行と才能もあってか、作り出したオリジナル商品は売れに売れ、今やその才能の凄さから雜誌やテレビに引っ張りだこ。あらゆるコンテストに出ては優勝しまくっている、和菓子界の有名人なんだとか。


 「お父さんから聞いた話によると、1回食べただけで同じ物が作れるらしいわ」

 「本気で天才じゃん」

 「でしょう。味覚が凄い上に技術も知識も発想も他人とは一味違うんですって」


 いい子が入ったわ〜。これで、この店も安泰ね。と雑誌を胸に抱えて喜ぶお母さん。しかし、そんな革命児みたいな天才がどうしてうちの店に?って軽く疑問。わざわざ店まで鞍替えして信じられない。


 「なんで、そんな凄い人がわざわざ店を変えてまでうちの店に?」

 「さぁ…。うちのお菓子とお祖母ちゃんに惚れて面接にきたって聞いたけど」

 「お菓子と……、お祖母ちゃん?」

 「ババ専とかそんなんじゃないわよ。心意気の方ね」


 疑って目を細めた私にお母さんは慌てたように否定した。とにかく明日になれば全てわかるわよ、と。

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