いたちごっこ

秋の月【皐月side】

 花見客で外の通りが賑わう朝。出勤してきた皆で慌ただしく開店の準備をしている最中。


 「あっ、やっばー!私、またやっちゃったぁ」


 何かが崩れ落ちる音と共に不吉な叫び声が店に響いた。何事かと暖簾を捲くって店を覗けば、漫画のドジっ子キャラのように “てへぺろコツン” とやっている従業員(20)の姿が。


 床にへたり込んだ彼女の周りには、粉々に割れた可哀想な煎餅たちがチラホラ。突拍子もなく起きたトラブルに何も言葉が出ず、ただ呆然。横から顔を覗かせた祖父さんが『おいおい、またかよ』と、冷ややかな眼差しで呟く。


 新しく雇ったバイトの“野菊ちゃん”がうちの店にやって来ること数日。凄まじい勢いでお店のモノが破壊されていく。確かに天真爛漫な彼女のおかげで店の雰囲気は明るくなった。が、何分、払う代償が大きすぎる。今も店に並べる予定の煎餅を箱ごとひっくり返して割った。傍で見ていたお義母さんと祖母さんも顔を見合わせて苦笑い。なのに野菊ちゃんときたら語尾に星まで飛ばして呑気だ。


 ここはもう、思いきり自分の頬をぶっ叩いて『っ"ぁ"…ッ!すみませんでしたぁっ!!気合を入れ直します』とスポ根アニメなみの謝罪を見せて欲しい。俺なんて同じことをやってみろ。祖父さんと親父さんに『一から出直せ』ってドヤされるぞ。


 双葉だって同じだ。凍り付いた顔でどうしようとアタフタしている。


 そうだよな。実際問題、困る。どうすっかな。これ。下げたものは食えばいいけど、作るのがな。開店まであまり時間がないし。今ある在庫で足りるか?今日は月曜日だから、あのお客さんとこのお客さんが買いに来るはず……、と頭の中で軽く計算。


 「すみませ〜ん。私ったら本当にダメダメで〜」


 しかし、その間も野菊ちゃんは割れた煎餅の袋を拾いながらヘラヘラ笑ってた。おまけに花瓶まで倒して床が水浸し。双葉がモップを手に慌てて駆け寄る。


 あぁ……。リアルなドジっ子ってこんな感じなのか。そういうの嫌いじゃねぇし、今まで付き合ってきた子も割と抜けている子が多かったけど、さすがにここまで酷くはなかったな。さすが本物の天然は違う。


 それにしても双葉は本当にあの子を従業員として育てる気なのか。いくら人手が欲しいからってチャレンジ精神が凄すぎるだろ。いっそ店が潰される前に辞めて貰った方がいいんじゃねーの……と心の底で思う。


 「ありゃー、ダメだな」

 「俺もそう思う」

 「双葉も貧乏くじを引かされて可哀想に」


 横で見ていた祖父さんが溜め息交じりに俺に言う。心配そうに小さい子でも見守るような目で見やがって。この祖父さん、俺には手厳しいが、双葉にはめっぽう甘い。長年この店に勤めて成長を見届けてきただけに、孫娘のようにでも感じているんだろうか。何かあればすぐに双葉を甘やかそうとする。

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