いたちごっこ


 「……間に合いそう?」


 そこからいつも通り営業して閉店後。野菊ちゃんがダメにしたお菓子を作り直していたら、双葉が作業場に来て、不安そうに尋ねてきた。俺も含め祖父さんや親父さんも残業を余儀なくされただけに気にしているらしい。落ち込んだように肩を丸めて悄気ている。


 「大丈夫。ぎりイケそう」

 「そっか……。ごめんね。明日も早いのに」

 「別にいいって。しょうがないだろ」


 サラリと答えた俺に双葉は申し訳なさそうに顔を曇らせた。寝る時間が減ってしまう、って。


 別に双葉の所為じゃないし、そんな顔をすることはないだろ。と思うが、自分が野菊ちゃんに頼んでそうなっただけに責任を感じているみたいだ。テキパキと雑用を熟こなしたかと思うと、作業場に置いてあったイスを持ってきて、隅っこに座った。一緒に店に残って、皆を手伝う気でいるらしい。


 「先に家へ帰ってろ」

 「いい。私も手伝う」

 「つっても、もう特に何もすることはないし」

 「じゃあ、終わったら帰る」


 待ってても疲れるだろうと思って声を掛けたが、双葉は頑なに首を横に振る。飽くまでも最後まで店に残るつもりだ。そのくせ居心地が悪そうに視線を彷徨わせながら、そわそわしている。一緒に残っていた祖父さんが「気にせんでいい」とフォローを入れたが、あまり効果はなさそう。暗い顔を浮かべたまま。


 ホントこいつは……。気が強い割には気にしすぎるというか。長年の付き合いだけど、昔からこういうところがある。


 確か中学生のときだったか。俺が双葉から風邪を貰ったときも、物凄く申し訳なさそうな顔をして見舞いにきた。しかも、わざわざ手作りの桃ゼリーを持って。


 そのゼリーはいかにも初めて作りましたって感じのやつで、味はまぁ普通というかメチャクチャ美味いってわけでもなかった。ただ、そうやって自分を思いやって作ってくれた気持ちが嬉しかったから、そのときの俺はアホみたいに喜びながら食べた。珍しく素直に「ありがとう」とお礼を言いながら。


 そしたら、やけに照れてた。普段とは別人みたいに、しおらしく。恥ずかしそうに頬を染めて『早く元気になってね』と、はにかんでた。


 多少なり思い出補正が入ってるとはいえ、あのときの双葉を思い出すと無性に可愛く感じる。もう一回見てぇな。見せてくんねぇかな……と、親父さんと話している双葉を横目に見ながら心の中で思う。見たきゃ照れさせりゃいいのはわかってるけど、何をやったらそんな顔をするのか謎。元気になったら、またいつものように喧嘩腰な双葉に戻っちまったし。


 でもまぁ、いつかは見れるだろう。こいつの中身はあの日と同じだままだし。忙しい日々が続くと必ずと言っていいほど、あの日より少し美味くなった桃ゼリーが冷蔵庫に入ってるのを見るとそう思う。


 「ほら、食え」

 「わ、最中だ」

 「お前、好きだっただろ」


 一通り作業も終わったし、落ち込む双葉を元気づけようと好物のお菓子を差し出す。今日初めて親父さんから合格点を貰った、店でも人気の“秋月”と名付けられた最中だ。パリッとした生地の中に粒が残った栗の餡が入っていて、かなり美味い。


 何気に双葉の一番好きなお菓子だったりする。渡した最中を口に入れた双葉はコロッと機嫌よく笑った。昼間、筒地に見せていた表情とは少し違う、気が抜けたような笑顔だ。いつものキチッとした双葉じゃなく、子供に戻ったみたいにフニャフニャしている。


 「美味いか」

 「うんっ」

 「そうか」


 あまりにも嬉しそうに笑うから、こっちも釣られて笑顔になる。そうそう。お前はそうやって美味いもん食って笑ってりゃいいんだよ。そうするためにお前と結婚したんだから。


 しかし、ホントいつ見てもおもしれー。よほど食べれて嬉しいのか、若干、幼児化してる。毎日マジで大変だけど、この双葉を見る度に職人の道を選んで良かったな、と思う。

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