いたちごっこ
冬の雪
「ドラ焼き十個、金平糖が五個だっけ?」
「そうよ。水やりが終わったら、お父さんに言って貰ってきて」
「はいよ」
街が桜色に染まりつつある春の朝。品出し中のお母さんと話しながら、ジョウロを手にお店のシャッターを開ける。外に出て、植木に水をやりつつ、お店を見上げれば趣のある瓦屋根の大きな二階建てのお店。
創業二百年。【雪月風花】
古き良きお店が立ち並ぶ通りの一角に構えるこのお店は、私の両親と祖父母が営む、老舗の和菓子屋である。建物自体は古いけど、店内の方は何度かリフォームを入れたのもあってわりと近代的。持ち帰り用のお菓子だけじゃなく、お店でも食べて貰えるように、ちょっとしたカフェスペースもある。
ショーケースに置かれたお菓子は全て職人の手作りで、店名に因んで四季をモチーフにしたものが多い。生菓子、半生菓子、干菓子と、どれもが繊細で美しく、とっても美味しいと巷で評判。おかげさまで常連客も多くて店は常に朝から晩まで大忙しだ。
そこの一人娘として生まれた私、双葉はお店を継ぐために修行中。同じく修行中の身である旦那の皐月と一緒に、日夜、両親や祖父母の下で和菓子屋としてのノウハウを学んでいる。
「お父さん。お母さんがドラ焼きと金平糖も頂戴って」
「おー、そこに用意してあるから持ってけ」
「ありがと」
暖簾をくぐり抜けて店の奥。足りないお菓子を取りに作業場の方へ顔を出すと、お父さんが既にピッタリな個数を用意してた。声が聞こえて用意したのか、取りにくると予想して用意したのか、どちらかわからないけど、二人はいつもこうだ。息がピッタリ。ちょっと羨ましい。
一方うちの旦那様は……と、視線を彷徨わせてみれば、彼はこちらを一切見ることなく和菓子作りに励んでいた。仕事に集中しているのだろうけど、見向きもされなくてちょっと悲しい。あまりにも塩対応すぎて、時々寂しくなるのが本音だったりする。