いたちごっこ

 「ねぇ。明日からどうするの……?」

 「どうって?」

 「筒地君と二号店を懸かけて勝負をするんでしょう?」


 気まずさが溢れる中、出てきたのは今後の話だった。跡継ぎ、跡継ぎ、って我ながらしつこいけど、皐月の考えが気になって堪らない。


 だってお祖母ちゃんが筒地君を推して、お祖父ちゃんが勝負で決めろ。と言っている、この状況。職人として真面目に頑張ってきた皐月からしてみれば微妙この上ない。

 そんな面倒くさい状況でも、皐月は私との結婚生活に嫌気が差さないんだろうか。ただでさえ、皐月は私のことが好きじゃないんだし。


 お店の跡継ぎのことがなければ別の人とやり直したいと思い始めるかも知れない。もっと、誰か別の。それこそ野菊ちゃんのような可愛い子を見つけてきて、私との結婚生活なんて簡単に切り捨てそう。触れた手の温もりのことなんて綺麗さっぱり忘れて。跡形もなく全て上書きされてしまいそう。


 皆、きっと勘違いをしている。お店の狭い枠にいる所為で肝心なことをすっかり忘れしまっている。こちら側に選ぶ権利があると思っているのかも知れないけど、私からすれば切り捨てられるのは皐月じゃなくて私の方だ。

 それが嫌でしょうがないんだから、この夫婦のようで夫婦じゃない結婚生活の中にも、何か築いていってるモノがあるのかも知れない。穏やかな表情を浮かべた皐月を見てたらそう思う。


 「勝ちにいくに決まってるだろ」

 「どうやって?」

 「練習量を増やすんだよ」

 「ただでさえ、忙しいのに?」

 「別に構わねぇ。ってか全然平気」


 本当に大丈夫なのかと心配するが、皐月は平然としている。今でも時間の配分的にカツカツなはずなのに。


 「それより、なんでそんな暗い顔をしてるんだよ」

 「だって……」

 「俺が負けると思ってやがんのか」

 「思ってない!」

 「んじゃ、別に何も心配することはねぇだろ」


 飲んでいたお茶をテーブルに置き、皐月は当たり前のように鼻で笑った。不安だった私の心のモヤモヤを拭い去るように。

 状況はあまり芳しくないのに、えらくご機嫌。口元に緩く笑みを浮かべて穏やかに、明るい表情をしている。普段の不機嫌な皐月の姿からは想像もつかないくらい。目が合っただけで喧嘩になったことだってあるのに。

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