いたちごっこ
「新しい春向けのお菓子のレシピを考えてこい」
次の日。いつもより早めにお店に出勤したら、お祖父ちゃんが対決の内容について皐月に言った。春をモチーフにした新しいオリジナルの商品を考えてみろ、ということらしい。
皐月の読み通り。傍にいた筒地君も自信ありげに頷いてる。
“伝統を大事にしながらも新しい風を入れていく”お祖父ちゃんが日頃から心掛けていることだ。お店を任すからには今あるモノを守るだけじゃなく、より良く発展させていって欲しい。だからこそ、新しい商品を考え出してみろ。ということなのだろう。変わらない味を求めるお客さんがいる一方で、飽きるお客さんもいるし。
二兎追うものは〜ってことわざがあるが、“追えるなら追え、全力で追え、頭を使って仕留めろ。最初から諦めるな”が、お祖父ちゃんのモットーだから。
「〆切は二週間後。真心を込めて作れ」
「より良い商品を考えた方が二号店を任せて貰えるって認識でいいですか?」
「あぁ。それで構わん」
質問を浴びせた筒地君にお祖父ちゃんが大真面目な顔で頷く。皐月が勝つと信じているのか、勝てなきゃそれまでと思っているのか、どちらかわからないが、覚悟を決めている顔だ。
お祖父ちゃんはその辺、情よりも実力主義だから、間違いなくその結果によって答えが決まる。
皐月は心配するなと言ってたけど、実際のところはどうかな……。筒地君は新しいモノを作り出すのが得意だし。私は皐月の作ったお菓子の方が好きだけど、商品としては、どちらがお祖父ちゃんのお眼鏡に叶うお菓子を作るかわからない。言ってみれば、プチコンテストみたいなモノだ。うちのお店が主催の。
「あらあらあら、頑張ってね。筒地君」
出勤してきたお祖母ちゃんが、女学生のような若々しい笑顔で筒地君の背中を叩く。傍に皐月がいるのにだ。堂々と応援をしてて、筒地君の方も満更でもない顔で笑い返してる。
その様を傍で拭き掃除をしながら、じとっとした目で見つめる。裏切り者め……と、恨めしい心境。許せない。
「頑張ります!」
「大丈夫よ。筒地君なら」
「そうだといいんですけど」
「平気だって。ね、双葉ちゃん」
「はぁ?」
いきなり話を振られ、ついつい愛想の悪い返事をしてしまう。だってデリカシーが無さすぎでしょう。そもそも私は筒地君じゃなくて皐月推しだし。
思わず睨んでしまったが、2人は素知らぬ顔だ。全く気づいていない。気づいたのは隣で下準備をしていた、お父さんだけ。