いたちごっこ
皐月は長年勤めている職人“弦さん”の孫で、うちの店には高校を卒業すると同時に弟子入りしてきた。私も同じ時期にお店に入ったから、お互い勤め始めて八年くらい。歳は今年で二十六歳になる。
物心がつく前から顔見知りだった私たちは、お互い一人っ子なのもあって、半分兄妹みたいな感覚で育った。家族ぐるみで出掛けたり、実家のキッチンでお菓子作りをしたり、小さい頃は結構仲良くやっていたと思う。
ただ、そのまま仲良くしていれば良かったのだけど、私達は絆を育てる以上に競争心を育ててしまったらしい。気づいたらお互いに対してライバル意識を持つようになっていた。
テスト、足の速さ、お菓子作り、栗拾い……何から何まで全て勝負。とにかく皐月には負けたくない!の一心で無駄に突っかかっていたし、皐月も皐月で私に負けるのは嫌と必死だった。
顔を合わせれば啀み合って、嫌い、嫌い、嫌い、の連発。泣かされたし、キレさせたし、殴りあったし、周りが心配するくらい物凄く仲が悪かった。
だから皐月がうちの店に弟子入りしてきたときは “なんで?” と驚いた。うちで働いたら毎日のように私と顔を合わせるのに、いいのかな……と思って。だけど、皐月は他の店に行くって選択肢はなかったみたいで、面接をしたお父さんに『他は考えられません』と頼み込んでいた。この店のお菓子が好きだから、って。
それを聞いて納得した。確かに皐月は昔からうちのお菓子が好きだったし、お店にもちょくちょく顔を出していたから。身内が働いているのもあって内部事情もよく知っているし、職人になりたいと思うなら、うちの店を選ぶのは自然な流れだったのかなと思う。
それに何だかんだ言って本当に私が嫌いなのかと聞かれたら、そうじゃなかったんだろう。単に張り合っていただけで。
だって結婚の話が出たときもそうだ。私のお祖父ちゃんがお酒の席で言った『うちの孫を貰ってくれ』って冗談に、皐月は一部の迷いもなく『はい』と答えた。その気なんて全然なかったお祖父ちゃんの気持ちを変えるくらい、バカ真面目な顔でコクリと。『俺はお前とならそうなってもいいと思ってる』と、近くでびっくらこいていた私に言った。
そりゃ“行く行くは店を持ちたい”とか、野望みたいなモノがあったのかも知れない。職人として働くからには夢や目標みたいなモノだってあっただろうし。
だけど、さすがに嫌いな女と結婚してまで店を継ぎたいとは、皐月の性格的に思わないはず。だから、その選択を選ぶからには私への好意みたいなモノがそれなりにあるのかな……と、そのときの私は思った。
私の方もそうだ。結婚相手=跡継ぎの流れは絶対で、それなら相手は皐月しかいないと思った。皐月は仕事熱心で真面目、責任感も強ければ職人としての腕もいい。昔からの知り合いで信頼も厚いし、結婚相手として申し分なかった。
だから、お父さんたちに『皐月君と結婚するか?』と聞かれたとき、二つ返事で頷いた。それなりに恋愛も経験して満足してたし、他に結婚したいと思える相手が現れるとも思わなかったから。何より結婚して距離が縮まれば、幼かった頃の仲睦まじい、穏やかな二人みたいに戻れるんじゃないかと期待した。
そういう経緯があって私たちは昨年の春に結婚した。そこに愛はないし、周りに背中を押される形だったけど。