いたちごっこ

 「双葉」

 「はい?」


 名前を呼ばれ、勢いよく振り向く。すると、皐月が目と鼻の先に立っていて、大胆にお菓子を私の口の中に放り込んだ。指が唇に触れ、ドキッとしたのも束の間、ジャリッとした食感と共に、ほんわかとした優しい味が舌の上に広がっていく。


 「あ、琥珀糖だ」

 「美味いか」

 「うんっ」


 機嫌よく微笑まれ、釣られるように頬を押さえながら満面の笑みで笑う。味からして“夏の風”と名付けられた琥珀糖だ。寒天と砂糖で出来ていて、中はぷるんとした食感。見た目は透き通った青色で宝石みたいにキラキラと輝いてる。

 快晴、海、爽やかな風……と、濃淡様々な青色を連想して作った、夏をモチーフにした商品。見ているだけで涼を取れる気がする……と、気温が暑くなってくると飛ぶように売れる。

 夏真っ只中になるとゼリーとかの方がよく売れたりもするが、初夏の時期は欠かせない。


 「それ。やっと親父さんから合格を貰った」

 「凄いじゃん。作れるお菓子、増えたね」

 「まぁ、毎日テストして貰ってるからな」

 「嘘⁉毎日?」

 「まぁな」


 思いがけない発言に目を見開くと、皐月はニッと得意げに唇の端を釣り上げた。仕事の後とか合間に時間を貰って、ちょくちょくコツを教えて貰ってる……と、楽しそうに。

 思いの外、成長のスピードが早いと思ったら理由はそれでか……。ストイックに仕事をする方だとは思ってたけど、まさか他の業務の間にも修行を積んでいたなんて。

 そりゃ、夫婦の時間も持てないはずだ。本当に時間がない。しかも、お父さん達もそれに毎日付き合っているのかと思ったら素直に驚き。口では“ヒヨッコ”だの“まだまだ”だの言いつつも、皐月の腕を見込んでかなり期待しているってことだ。早く一人前になって欲しい、って切なる願い。


 「進歩しただろ」

 「したした。驚くくらい」

 「だから別に焦る必要はねーぞ。勝負と言っても俺にとっちゃ修行の一環みたいなモノだから」

 「……うん」

 「双葉が今やる事は、そうやって美味いもんを食べて笑う。それだけだ」


 だから大人しくしとけよ〜、と落ち着きを取り戻した私に言い聞かせ、皐月は作業場の暖簾を上げて鼻で笑った。“鬼嫁予備軍”って、ちゃっかり軽口まで叩いて店の奥に去っていく。

 もう!またバカにして!と思ったが、不思議と腹は立たない。心がストンと落ち着いた。全身が琥珀糖のキラキラに包まれていくみたいに、ワクワクした気持ちで溢れている。
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