いたちごっこ


 「さて……」

 「双葉ちゃん」

 「わ!お祖母ちゃん⁉」


 “さぁ、仕事仕事”と思いながら振り返ったら、お祖母ちゃんからいきなり声を掛けられた。驚きのあまり、ビクッと肩を震わせる。

 ビックリした……。一瞬、妖怪か何かが出てきたのかと思った……とは、口が裂けても言えない。言ったら間違いなくブチギレだ。


 「ごめん、ごめん。驚かせたね」

 「もー。お祖母ちゃんったら、いきなり何?」

 「いやーね、双葉ちゃんにちょっと配達をお願いしたくて」

 「あ、うん。いいよ」

 「そ?じゃあ、筒地君〜!双葉ちゃんと一緒に佐藤さんのところに饅頭を届けてくれる?」

 「え、」

 「場所は双葉ちゃんが知ってるから〜」


 おいおい、待て待て!と思ったが、返事をするよりも早く、お祖母ちゃんが筒地君に大声で声を掛ける。作業場に戻っていた筒地君は「わかりました!」と元気に挨拶を返した。

 しまった、ハメられた……と後悔したところで時既に遅し。お祖母ちゃんは、のっそりとコチラに振り向くと、してやったりと言わんばかりに、ほくそ笑んだ。

 このババ、私と筒地君の距離を近づけようとなんかして、いったい何を企んでいるのか。本当に油断ならない。このタイミングで筒地君と二人っきりになるなんて、気まずいったら、ありゃしないのに。


 「……ドコに持って行けばいいの?」

 「佐藤さんのところにお願い」

 「わかった。けど、帰ったら覚えておいてよ。お祖母ちゃん」

 「いやー……。最近、歳の所為か物忘れが酷くてねぇ」

 「嘘ばっかり」

 「本当よ〜。もう既に忘れてしまったもの」

 「はぁ?」

 「あー、やだやだ。ボケが始まるなんて。歳は取りたくないモノだね」


 絶対にそんなことはないだろうに、お祖母ちゃんはざっとらしく肩を丸めて「お父さ〜ん」と叫びながら奥に引っ込んでいった。

 後を追い掛けて作業場を覗けば、お祖父ちゃんにピタリと寄り添って“今日は天気がいいわね”とか、どうでもいい話をチラホラと話している。

 このタイミングでお祖父ちゃんのところに逃げ込むなんて、ますます怪しい。私から追求されるのを避けているようにしか見えない。


 「行きましょっか。双葉さん」

 「う、うん……」


 とにかく決まってしまったものは、しょうがなく。筒地君と一緒に店を出て、配達先のお宅に向かう。

 佐藤さんの家はお店から近く、8分ほど歩いた先にある洋品店のところだ。きっと普段の感じからして、玄関先で渡して終わるだろう。急いで向かって、その後、すぐお店に帰ればいい。気まずい時間なんて、ほんの僅かだ……と、軽く計算をしながら、届け物を持って筒地君と一緒に歩いていく。


 「こっちです?」

 「あ、うん」

 「今日は人が多いですね」

 「だね」


 買い物客で賑わう石畳の通り道。話を振ってくれているが、まともに返せないまま、軽く相槌を打つばかり。

 数歩、離れた距離にいるのが心の距離を表しているかのよう。全然、笑えない。

 でも、筒地君は何故かご機嫌だ。キラキラスマイルを放ってるおかげで、すれ違う女の子たちが「あの人カッコイイ〜」とキャーキャー騒いでいる。

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